その子は僕にとって天使だった。
髪が黒曜石のようにつやつやしていて、そっと伏せた睫毛が長くて、唇が薔薇のように紅くて。
小柄で色白なのも天使に必要な条件だった。
吉良先生。
天使は僕のことをそう呼ぶ。そうだ。僕は教師だ。残りかすみたいなコーヒーを飲みながらテストの採点をする公務員だ。

「吉良先生、ノートはここに置いておきます」
「ああ、うん。ありがとう。ご苦労さま」

定期考査の後、集められるクラスのノートを準備室に持ってきたのは朽木ルキアさん。たまたま一番教卓に近かったので集積係を頼んだ。
彼女は、天使だ。

「今日の、出来はどうだった?」
「あまり良く出来ませんでした。問いの2に時間をかけてしまいました」
「君が時間をかけるだなんてよほど難しい問題だったのかな」

僕が誉めると彼女がはにかんだ。
彼女はクラスでも一、二を争う優秀な生徒だ。日々の授業に真面目に取り組み、予習復習をかかさない。スポーツも出来て、時にはリーダーシップを発揮することもある品行方正な生徒だ。
けれどそれは表の顔。

「朽木さん、今日時間ある?」

僕はノートの氏名をチェックしながら呟く。息を飲む気配がした。

「……その話は、テストの最終日ではありませんでしたか」
「我慢出来なくなったんだ……君の困る顔を想像したら」

彼女の、凛とした表情が様々な感情で彩られるのを見るが僕の趣味の一つ。問題が難しい、とシャープペンシルを止めて、眉を潜める。迫る時間。額に汗を浮かべて必死に答案を求める。
氏名をチェックし終えた僕は彼女の手を引いた。準備室のきつい冷房に晒された体は冷たくなっていた。

「おいで」

彼女はそろりと僕に近寄る。たまらず僕は抱き締める。僕の体にすっぽりと収まる小さな体躯。
嗚呼、どうしてあげよう。

「お昼には終わるから少し待っていて」
「…はい」

今すぐにでも唇を奪いたいのを我慢して僕は仕事をさっさと片付ける。その間、彼女は来客用のソファーに座って麦茶を飲んでいた。
今までのやりとりから分かるだろうけど、僕と彼女はただの生徒と教師じゃない。
先に惹かれたのは僕だった。入学式で見かけて一目惚れ。けれど立場や年齢のことも考えてずっと気持ちを押し込めていた。そして進路について彼女が相談をしに準備室を訪れた時、僕がうっかり口を滑らせてしまった。
そして僕は驚きを隠せなかった。堅い彼女がこんな不埒な関係に拒否感を示さず、受け入れてくれたことに。
交際を始めてから、数ヶ月はとにかく我慢をしていた。僕は二十七、彼女は十五歳。一回り違う少女に手を出すのはさすがに良心が咎めた。それに、ただ話すだけで満足できていたからだ。
しかしある日、衝動的に唇を奪って以来、体を繋ぐまで簡単に進んだ。

「――じゃ、行こうか」
「はい」

仕事を終えた僕は彼女を連れ立って学校を後にする。じりじりと炙る太陽から隠れるように僕たちは車で移動する。
僕たちは車内では何も話さない。僕は元から喋る方じゃないし、彼女もあまり話が好きではないからだ。
けれど、その沈黙も僕の家に着いてしまえば終わる。
駐車場に車を停めて二人でエレベーターを待つ。時間帯だけに人の気配はなく、エントランスホールはひっそりとしている。
鞄を持つ僕の手にそっと彼女が触れた。普段人目を気にしてほとんど触れてこない彼女が。
思わず視線を遣るとじっと見つめられた。大きな瞳は猫みたいだ。

「どうしたの?」
「あっ!……いえ、何でもありません……」
「気になるよ。どうしたの」

彼女は僕が何度聞いても答えなかったけど、エレベーターに乗り込むとやっと答えた。

「…ずっと、一緒にいたかったんです」
「ずっと?」
「考査が始まって、先生に会えなくなりました。職員室は立ち入り禁止ですし、会う時間もなくて……」

上下する箱の静かな機械音に耳を欹てながら僕はどうしようもない愛しさを感じた。
教師が中学生に恋心を抱くなんておかしい。気持ち悪いと思われる。ずっと抱いていた考えを告げた時、彼女は笑った。
人を好きになることは別に悪いことではないと思います、私は。ただ少し年が離れているだけですね。
なんて新しいのだろうと僕は感心した。それは思春期特有の自由な発想なのか、それとも己の体験に基づくものなのか判断しかねた。今でもまだ分からない。
けれど、そんなことはどうでもいい。僕はますます彼女を好きになった。そして彼女も僕を好きだと言ってくれるようになった。
僕は鞄を持ち替えて手を繋いだ。僕の手よりも随分と小さな手はしっかりと握り返した。エレベーターには監視カメラが付いているからそれくらいしか出来ない。
そう。部屋に着いてから。
太陽が空の真上に昇り、部屋の中はひどく蒸し暑い。湿気もあって不愉快だけど手は離さない。
玄関に入ってドアを閉めた途端、僕は彼女の唇を塞いだ。待ちに待った感触。柔らかな唇を啄みながら体を抱き寄せる。じわりと背中に汗が滲む。

「先生っ……好き、です。好き…」

熱に浮かされて呟く譫言ではなく、はっきりとした告白。潤んだ紫の瞳はまっすぐに僕を映している。先生が、好き。唇だけを動かして伝える愛の言葉。

「朽木さん…っ僕も好きだよ」
「吉良せんっ…」

久しぶりの口付けに絡めた指が震える。呼吸を奪うくらい、長く口付けて見つめ合う。唾液に濡れた唇がいやらしい。
先生、と小さく彼女が呼ぶ。少し上擦った声に理性が溶けていく。
彼女とする時は必ず布団の上だった。態勢も無理なものは取らせない。疲れたと言えばそこでお終い。それはそれは大事に、お姫様のように扱った。
けれど、今はそんな余裕がない。
彼女を壁に立たせてタイを解く。玄関に響く軽い音。ボタンを外すと、小さなフリルがあしらわれたキャミソールが現れる。汗ばんだ肌に張り付いている。
彼女がおずおずと言う。

「汗、かいてますけど……」
「大丈夫だよ。汗ならどうせたくさんかくんだから」

……今、我ながら結構恥ずかしいことを言った。彼女も少しびっくりしている。
こみ上げる羞恥心に負けないうちに僕は彼女の胸元に口付けをする。胸元なら襟で隠れて見えないからだ。ただし彼女には襟付きの洋服を強制することになってしまうけど。
少しべたついた肌でも、痕はしっかり残った。雪原のような白い肌に赤い痕が一つ。セーラー服に不釣り合いなその光景は退廃的で、情欲を煽る。
胸元に沢山痕を付けた後、僕はキャミソール越しに彼女に触れた。キャミソールにうっすらと下着の柄が透けている。今日は青色のドット柄だ。二週間前は確か無地だった。
そういえば、女には勝負下着というものがあるらしい。彼女もいつか、そんなものを身に付ける日がくるのだろうか――僕以外の男の前でお気に入りの下着姿を晒す日が?
そんな嫌な想像が頭をよぎって、かき消すように彼女の胸を揉みしだく。

「ん…っ」
「…可愛いね、それ」
「それ?」
「下着の柄。好きだよ、そういう柄」

君が着たなら何でも好きだけど。こんな恥ずかしいことは絶対言えない。
下着の中に手を差し入れ、直に触れる。汗で皮膚と皮膚が張り付きそうだ。爪が敏感な飾りを掠める度、小さな喘ぎが聞こえる。
僕は彼女の処女を奪って以来、その体を僕好みに仕上げている。初めは不安そうだった彼女も、最近は大人しく受け入れているようだ。

「もう硬くなってるね……ここ」
「先生…っ」
「…外すよ」

ぷつっと下着の後ろが外れて胸にゆとりができる。すると彼女は目を逸らした。
彼女は自分の胸が薄いことを気にしている。まだまだ成長期だから大きくなると僕が幾らフォローしてもそれは変わらない。
世の中の女性の多くは胸の大きさで悩んでいる。それがどうしたというのだろう。大きければ良いという訳ではないし、個人差があるのだから仕方のないことだと思う。
淡い桃色の頂を舐めると頭を抱き締められる。口ではいやいやと言うが、催促のように思えて僕は優越感を覚える。
少しずつ絆されていく身体を支えるために脚の間に膝を割り入れる。柔らかな尻の感触がたまらなく心地よい。

「せんっ…せ」
「何?」
「そうしてると…王子様みたいです、まるで」

王子様?
そういえば僕は金髪だ。おまけに目まで蒼い。ああ確かに、お伽噺に登場する王子様のようだ。けれど僕はそれほど顔がいい訳じゃないし、身長だって平均的だ。

「そうかな…」
「はい、とても…んっ!」

頂に歯を立てると彼女が悶えた。

「じゃあ、朽木さんはお姫様だね」
「えっ!?」
「王子様に釣り合うのはお姫様しかいないじゃないか。…どうして僕が王子様みたいなの?」
「っ、それは…ん、ぅん」

膝で脚の間を擦る。彼女を壁に預け、スカートの中に手を入れて下着を少しずつ脱がしていく。蒸れているから少し脱がしにくい。
僕の指が太ももに触れる度、彼女はぎゅっと目を瞑っていた。そんなに恥ずかしいことではないと思うのだけれど。

「先生、はっ…優しい、し…そうやって、立ってると、王子様みたいだって思って…」
「立ってると?」

ああ、……片膝を突いているからか。それが王子様みたいだと彼女は言うのか――嗚呼なんて可愛い子だろう。
思わぬ表現に僕の理性は少し構築された。こんなに可愛くて、僕のことを想ってくれる子をこんな玄関で抱くものじゃない。
僕は膝を抜いて彼女を抱き上げた。彼女の身体は心配するくらいに軽い。

「え…?」
「ごめん。やっぱりあっちでしよう」
「せんせ…っん」

肩にしっかりと温もりを感じながら僕たちはまた唇を重ねた。
短い廊下を通り、僕たちはベッドに倒れ込んだ。カーテンを開け放っていたので西日が差し込み、暑い。僕の項を汗が滑り落ちる。

「せんせ」
「何?」
「…先生のそういうところ、好きです」

――ブツッ。また僕の理性は砕け散る。
下着を脱がして僕はスカートの中に手を差し込む。くちゅっと粘着質な音がする。
彼女の中はまだそれほど濡れていなかった。このままだと痛そうだ。明日も学校があるのであまり無理をさせたくない。

「脚、広げて」

囁くと彼女は少しだけ脚を広げてくれた。僕は遠慮なくスカートの中に顔を突っ込む。
べろり。

「あッ!」
「っ…閉じないで」
「あ、ごめんなさ…あぁっ!」

そう、この子は脚が弱い。

「あ、し…だめです…」
「どうして?」
「きたなっ…あ、ああ」

ハイソックスを脱がして爪先から舐め上げると彼女の体が震えた。腕で顔を隠すけれど、紅潮した頬も生理的な涙も、今更隠せない。
彼女のどこが汚いものか。むしろ綺麗で写真に収めたいくらいだ。特に形のよい膝には噛み痕を残したい。
爪に口付けて、甲、足首、脛と順番に舐めていく。足ならハイソックスを履いているのであまりバレない。

「君の脚、好きだよ」
「だめ、です…汚いので」
「汚くなんかないよ。綺麗な脚だ。……あんまり反抗的な子にはお仕置きしなくちゃね」
「先ッ――ん!」

彼女はぎゅっと唇を噛み締めた。ぽっと白い太ももに咲く赤い痕。スカートを下ろせば分からない位置にあるので安心だ。
彼女は大きく息を吐き出した。

「先生……意地悪、です」
「ああ、ごめんね。君を見ていると何だか意地悪したくなるんだ」

呼吸の荒い彼女は顔から腕を下ろして僕に抱き付いた。

「……はやく、ください」

きっと今の彼女の顔は真っ赤だろう。そういうふうに彼女から欲するのはとても珍しいことだ。
僕はズボンと下着を脱いだ。帰宅して唇を重ねてから、僕自身は痛いくらいに起立していた。下着で擦れる度に少しずつ我慢の限界が近付いている。
僕自身を見て彼女は息を飲んだ。
……慣らさなくていいの?
僕の問いかけに彼女は小さく頷いた。
下着を脱がせてると確かに濡れている。少なからず彼女も興奮している。
僕は避妊具を装着した。一応一番ぶ厚い製品を使っている。なしでするのは成人になってからだ。

「じゃ、いくよ」

こくりと彼女が頷いたのを合図に、僕は自身を彼女のそこに突き立てた。ぐちゅっといやらしい音がする。
僕は指で入口を広げて一気に彼女を貫いた。待ちわびた熱い一体感。

「ん、んッ!」
「い、痛くない? やっぱり慣らした方が良かったんじゃ…」

彼女が下から手を伸ばしてきた。これは大丈夫だという合図だ。
僕は手を絡めて動き出した。
若いせいか、それとも経験が少ないせいか彼女の中はきつく僕を締め上げる。絡めた手は火傷しそうなくらいに、熱い。
ベッドの軋みを聞きながら唇を強請られて屈む。口が塞がれてくぐもった喘ぎが聞こえてくる。

「んせ、私も、う…!」
「いいよ…僕、も――っ」

きゅんと彼女の奥が収縮した。達したようだ。僕も少しして避妊具の中に放出する。
彼女は力の入らない腕で、僕に抱きしめるようせがむ。

「……先生」
「何?」
「好き……大好きです…」
「うん、僕もだよ…」

ちゅっちゅと鳥がさえずるような口付けを交わして、僕達はもう一度愛を確かめ合った。



手の届かない、遥か高みにいる天使を傍に置くにはどうすればいいか。
僕は天使の羽根をもいだ。
一枚一枚丁寧に、天使を傷つけないように。
すると、ほらご覧。
天使はずっと僕の腕の中で笑っている。