雲一つない晴天の下、海は凪いでいた。砂浜では海水浴客が思い思いに過ごしている。
そのいかにも「夏」といった風景にルキアは目を輝かせていた。が、そんな雰囲気とは正反対の男がいる。

「…本当に行くの」
「もちろんだ。でなければここまで来た意味がなかろう」

白いパーカーを着て、少しヒールのあるサンダルを履いたルキアは楽しそうに海までの道を歩く。対してイヅルはシャツと半ズボンの組み合わせだ。大きな浮き輪を持っている点では海水浴場にマッチしていると言えよう。
二人はたまたま合った非番を利用して現世に遊びに来たのだ。夏といえば海であろう! とルキアは提案した。が、イヅルは乗り気ではなかった。

『まさか泳げぬのでは…』
『泳げるよ。一応は』
『では良いではないか』
『いや、そういう意味じゃなくて――』

なんて問答を昨晩、就寝するまで行っていた。

「(水着姿を見られたくないとか言えないだろ……)」
「どうした?」
「いや、別に」

二人はホテルを予約した。ここはそのホテルのプライベートビーチなので客は限られている。だが少しでもガードしなければ。ルキアにぴったりと寄り添いながらイヅルは周囲に目を光らせた。
二人と同じようなカップルがそこら中にいるが、中にはナンパをしようと待ち構えている阿呆もいるだろう。一人にさせてはいけない。

「とりあえず泳ぐか」

そう言ってルキアはパーカーを脱いだ。白い肌が日光に眩しい。

「……水着、新しいの買った?」
「よく分かったな。実は以前現世に来た時に――」

ルキアの話は右から左へとすり抜けていった。彼女が着ているのは白のビキニだ。腰にはパレオが巻かれている。よく見ると花の刺繍が施されていた。留め具の丸いリングがきらりと光る。
イヅルの中で何かが音を立てた。

「…ということがあったのだ」
「へぇ…」
「お前はどうするのだ?」
「泳ぐよ、もちろん」

ますます放っておけなくなったイヅルも水着姿になった。焼けて熱い砂浜を歩いていると、ルキアが噴き出す。

「どうしたの?」
「いや、お前も腹筋があるんだなと思ってな」
「え?」
「ほら、お前は普段はあまり脱がないじゃないか」

腹筋の有無で笑ったのか。そう言えばあまり脱いだことがない。ルキアはよく脱ぐ。いや、脱がされていると言った方が正しいか。
二人は端の方で浮き輪を浮かべた。海水は少しぬるくなっていたが、陸上に比べれば涼しかった。ルキアが浮き輪に捕まっていると、イヅルが浮き輪に座るよう勧めた。

「いい眺めだな……」
「そうだね」

ぼーっとルキアは空を仰いだ。太陽が眩しくて手を翳す。
そんなルキアをイヅルは眺めていた。浮き輪に捕まりながら、ルキアのなだらかな体を視姦する。腹部から臍にかけてのなだらかさ、太ももの厚さ。膝小僧は水滴できらりと輝いている。
――たまらない。

「吉良」
「なに?」
「好きだよ」

甘く囁かれた告白にイヅルは一瞬呆然とした。しかし意味を理解し、照れくさくなる。

「どうしたの。いきなり」
「何となく言いたくなっただけだ」
「何となく?」
「そう。何となく、だ」

ルキアはふふんと楽しげに笑った。イヅルはその反応に俯く。どうしてこの子はいちいち可愛いんだろう。

「吉良?」
「ん?」
「アイスが食べたい」
「はいはい」

…こっちの気も知らないで。歯がゆさを感じながらもイヅルは注文した。
陸に上がってパラソルの下で涼んでいると、ホテルのウエイターがバニラアイスを持ってきた。アイスはもちろんだか、盛られている容器や掬うスプーンまでもがキンキンに冷えている。
アイスと飲み物を置くとウエイターは「ごゆっくりどうぞ」と頭を下げて姿を消す。彼らは仕事に追われている。寛ぐ客たちを眺めながら荷物を運び、食事を作っている。
イヅルは頭を振った。何があってホテルの従業員の苦労を憂わなければならないのか。自分もどちらかといえば使役される側だからだろうか、彼らには同情してしまう。

「どうかしたのか?」
「いや、別に。何でもないよ」

疑問符を浮かべたままルキアはバニラアイスを口に運ぶ。小さなミントの葉はきちんと避けてある。表面にぷつぷつとある黒い点々はバニラだろうか。

「ん、美味しい」
「良かったね」
「食べるか?」
「いいよ。食べて」

アイスコーヒーをストローで吸い上げながらイヅルは答えた。アイスを食べる彼女も可愛いなあ、とか思いながら。
アイスを食べ終わると、ルキアはイヅルにもたれかかった。今日は随分と甘えてくる。もちろん嫌ではないのでそのままにしておく。
細波の音が遠くに聞こえる。空と海が果てで溶け合っている。他に客はいるはずなのに、世界に二人しかいないような心地だ。

「ねぇ」
「何だ」
「好きだよ」
「知っている」
「うん」
「…お前より私の方がずっと好きだからな」
「うん」

思わずくすくす笑った。




日が暮れかけた頃、二人は部屋に戻った。濃い橙の光線が部屋を浸食し、二人を染め上げる。

「なあ、吉良」
「なに?」
「何故前髪を伸ばしたのだ」
「何故って…どうしてかな」

そんなことは意識したことがない。今日は変なことを訊く。

「どうしてそんなことを訊くの?」
「いや、特に意味はない。気になったから訊いた」
「なにそれ」

思わず笑うとルキアはイヅルの前髪を上げた。そして瞼にそっと口付けを落とす。ぐっと近付いた距離に心臓が早鐘のように打ちつける。

「……塩の匂いがする」
「お風呂、行く?」

イヅルが提案するとルキアは小さく頷いた。
二人は室内のバスルームに向かった。硝子戸だがカーテンを引けばプライバシーを確保できる。けれど二人はカーテンを引かず、一緒に入った。
もう何週間も二人きりで会っていなかった。
休憩時間に連絡はできたが仕事に忙殺されて、直に会うことは難しかった。
焼けた肌にシャワーが優しかった。海水も汗も流してくれる。
先にルキアが浴びていると、イヅルが背中から抱きついた。

「濡れるぞ」
「構わないよ。どうせ僕も濡れるんだから」

髪をかき分け、現れたルキアのうなじにイヅルは口付ける。ひくっ、とルキアの爪先が反応する。
イヅルはルキアの腰に手を回して何度もうなじに口付けた。流れ落ちてくる水が少しずつ体温を奪っていくがそんなことは関係ない。
朝、浜辺でその姿を目にした時点でイヅルの情欲はたぎっていた。それを煽ったのはルキア。

「……吉良」

静かな、けれどどこか焦っているような声音でルキアは催促した。
二人は唇を重ねた。壁に背を預けて獣みたいに荒々しく口付けをする。もっと、もっとと舌を絡めて互いを求め合う。
バスルームに音が反響し、小さな喘ぎもきちんと耳は拾う。それがますます興奮させる。
身体を密着させて擦り付ける。ルキアの脚の間にイヅルは膝を差し込み、軽く動かしてやる。

「ん、んっ」

ルキアがイヅルにしがみつく。そのまま動きを加速させ、彼女を絶頂に導く。

「あ、っ…!」

ルキアの下腹部がびくびくと震えた。身体から力が抜けてへたりこみそうになる。

「大丈夫?」
「へ、いき」
「…久しぶりだから、かな?」

恥ずかしいがきっと正解だ。じんじんと深い快感を引きずったまま、ルキアは脚を抱え上げられた。脚を広げられ、水着越しに舐められる。

「っ!」
「もう濡れてる」

すっかりルキアの味を覚えたイヅルは薄く笑った。彼の髪は濡れて体に張り付いていた。その姿は、真面目できっちりしている普段の姿に比べて何だか色っぽい。胸の奥がきゅんとする。

「吉良…」
「なに?」
「入れ…て」

まさかの発言にイヅルは一瞬驚いた。ルキアが自ら催促することは少ないのだ。自分がそうであったように、彼女も溜まっていたのだろうか。

「入れて……ぎゅってして」
「ぎゅってするの?」
「…うん」
「分かった」

ここぞとばかりに甘える恋人に愛しさを感じながら、イヅルは陰茎を取り出した。我慢していた欲望を吐き出したそうに上を向き、たらたらと汁を垂らしている。
再びルキアの脚を広げ、水着をずらす。脱がせる手間すら惜しい。
達して濡れ、ねちっこいルキアのそこに陰茎を突き立てる。ルキアは息を飲んだ。
いい? と目で確認すると、イヅルは一気にルキアを貫いた。

「ああぁっ!」

締め付けるルキアの中。久方ぶりの感触にイヅルはぐっと堪える。入れる前から軽く勃起はしていたが、挿入することによってより硬くなった。
恍惚としているとルキアが手を伸ばしてきた。

「吉良…」
「うん、分かってるよ」

イヅルはルキアを抱き締めた後、腰を動かし始めた。情けない声が出る。

「っ、すご…!」
「あ、はぁっ…っ! ひゃあぁっ」
「い…っ」

イヅルの指がルキアの太ももに食い込む。その肉の感触も堪らない。
角度を変えて攻めるとルキアが抱きついてきた。

「…っめっ…そこだ、め」
「どうして…?」
「だめぇ…っおかし、くなる…!」

今更何がおかしくなるというのだろう。火照る頭でぼんやりと思う。もう十分おかしくなっているじゃないか。
抱きつくルキアを壁に押し付け、イヅルは動きを速めた。耳許で「あっ、あっ」と短い喘ぎが聞こえる。泣きそうな声だ。
その泣きそうな声にぞくぞくして、苛めたくなる。

「あ、ッ――…!」

びくん、とルキアの中が収縮した。二回目だ。それにつられて、イヅルも欲望を吐き出す。
温かい体内に溢れる子種。そういえば今日は避妊具を付けていない。普段は付けているけれど。生の感触とはこれほどに快いものなのか…。呼吸を整えながらイヅルは思う。
鍛練をした以上に息が上がっているとはどういうことだろう。
背中を捕まえていたルキアの手が離れて首に回る。唇を強請られ、また無言の睦言を交わす。

「……イヅル」
「ん?」

――もう一回。
そっと囁かれた言葉は耳にするりと入って脳を侵食した。

「いいの?」

念のために確認するとルキアはこくりと頷いた。ぼっとイヅルは顔が熱くなる。可愛すぎてたまらない。
とりあえず、バスルームを出よう。熱いし酸素不足で死にそうだ。バクバクと激しく脈打つ心臓を落ち着かせながらイヅルは思った。