背後からの呼び声に振り向くと、数名の女性隊員が走り寄ってきた。
彼女たちは互いに目配せをしてなかなか用件を話さなかったが、突然、一人が思い切ったように包みを突き出した。

「あの、これは」
「朽木さん、お誕生日おめでとうございます! こちら、良かったら受け取ってください!」
「あ、どうも…」

ルキアが包みを受け取るのを確認すると、彼女たちは来た時と同じように走っていなくなってしまった。
まるで嵐のようだと首を捻りながら包みをちらと見ると、長い白い耳が見えた。
お? おお? と一人声を発しながら開けると、大きなうさぎのぬいぐるみだった。

「おおーっ!! ふかふかではないか!」
「朽木ーっ」

再び背後から声を掛けられて振り向くと、今度は上司が呼んでいる。ルキアは包みの口を結び直し、駆ける。
朝に浮竹の姿を見かけることはあまりない。ルキアは声を弾ませる。

「おはようございます、浮竹隊長! お体の方は大丈夫なのですか?」
「ああ。今朝はだいぶいいんだ。なんだってお前の誕生日だからな」

はい、と懐から差し出されたのは栞だった。ただの栞ではない。蒲葡の上品な品だ。描かれている柄は……。

「これは…スイートピーですか」
「現世ではそう言うのか。麝香連理草だ。お前の誕生花らしいじゃないか」

誕生花という言葉にルキアは目をぱちくりさせる。誕生石は聞いたことがあるが、花は聞いたことがなかった。
うっすらと桃色のスイートピー。大人っぽい色と可愛らしい柄にルキアは微笑む。……私もこのスイートピーのような気品を身につけよう。
浮竹に礼を言い、ルキアは職務に就く。
先ほど贈り物をくれた女性隊員らがいたので礼を言っておく。
お返しに、彼女たちの誕生日になったら贈り物をすると言ったらひどく喜ばれた。そしてあれよあれよという間に連絡先を交換し、すっかり仲良くなった。
――仲が良いというのはいいことだ。
海燕がよく言っていた言葉を思い出し、ルキアは笑う。
やがて昼を迎え、先の隊員たちと昼食に連れ立った時だ。
食堂で恋次に会った。給料は使い果たしたのか、えらく質素なメニューだ。
思わず茶化したが、彼は顔を真っ赤にしただけで口応えをしなかった。
何かあったのだろうかと少し心配になったが、食事を終える頃、ルキアと彼女たちの間に大きな包みを突きつけた。

「何だ、いきなり」
「お前、今日誕生日だろ。やるよ」

それだけ言うと、恋次はさっさと行ってしまった。思わず顔を見合わせる。
それは先ほどもらったうさぎのぬいぐるみの倍はある。しかし薄い。恋次らしからぬきれいな包装なので、店でやってもらったのだろう。
隙間からちょっと覗いて、一人がびっくりする。……洋服ですよ、これ。
ルキアも驚いて包みを少し破く。
現れたのは真っ白な生地。撫でて分かるが、とても滑らかで心地よい。そこらの店ではそう買えないもののような気がする。
食卓に静寂が訪れた。
皆を微妙な沈黙に包んだ恋次からの贈り物を自宅に置き、ルキアはまた仕事に戻る。
……はずだった。

「ルキアちゃーん」

するりと伸びてきた白い手がルキアの腰をがっちり捕まえる。思わず悲鳴を上げると、口も塞がれた。

「ボクやん。驚かんといてぇな」
「っ…いきなり背後から抱きつくな、たわけ! 誰だって驚くだろう!」
「はいごめんごめん。なあルキアちゃん、さっき何しまっとったん?」
「はあっ!?」

いつの間に十三番隊の敷地内に入ったのやら、ギンはルキアの周りをくるくると回りながら話す。

「お昼に阿散井くんから何かもろとったやんなー? それしまってきたんやろー? 何もろたん?」
「ああ、ちらっと見たが洋服だな。上質な生地だった」
「洋服?」

ギンの眉がぴくりと動く。正直そんなものは裂いてしまいたいが、ルキアが喜んでいるなら我慢しよう。

「ルキアちゃん、洋服の方が好きなん?」
「洋服は着やすいからな。だがやはり着物の方が落ち着くな。それがどうかしたか?」
「ううん、別に。ボクもプレゼント持ってきたから渡そうて思てん」

呟いた刹那、ルキアの表情が輝いた。まがりなりにも恋人である。いや、まがりなりにはとは何だ。唇も体も心さえも重ねた深い仲である。
ギンは懐から小さなガラスケースを取り出す。
陽光にきらきらと輝くそれには二つの煌めきが収められている。
それは小さな耳飾りである。透き通った青色の宝石と燃えるような赤色の宝石だ。 ルキアは息を飲む。ただ眺めていただけの、憧れの品物がすぐ目の前にあるのだ。

「綺麗だな」
「せやろ。結構高かったんよ、これ」
「しかし、これは穴を開けなければいけないのではないか?」

現世ではよく見かけるおしゃれだが、その工程を詳しくは知らない。とにかく穴を開けるということは知っている。
痛そうだと思わず耳を押さえると、ギンがそっとその手を取る。
……大丈夫や、ルキアちゃん。ボクが優しく開けたるから。
昼間だというのにその囁きは妙に艶めかしくて、ルキアは自然と背伸びをした。
重なった唇の隙間から洩れる吐息。
侵入しようと舌が伸びてくるが、はっと追い返す。
くすくすとギンが笑う。

「なんや、お預け?」
「い、今は駄目だ……」
「ほんなら夜はええんや? ルキアちゃん、大胆やなぁ」
「っ、莫迦者!」

いつの間にやら真赤に染まった頬を冷ましながらルキアは怒る。

「あのな、ボクが赤いほうで、キミが青い方。ええね?」
「ああ、別に構わぬぞ」
「うん、良かった」

ほなね、とギンは軽く髪に口付けを落として姿を消す。そういえば、プレゼントというわりに何故自分で決めたのだろうか。ルキアは首を傾げる。
おまけに簡単に約束をしてしまった。まあ、ただ穴を開けるだけだ。自分に言い聞かせながらルキアは詰所への道を辿った。





2012.市丸隊長おめでとう。