一日の疲れを癒やすべく風呂に入ってさっぱりし、大好きなフルーツオーレを飲んでまったりする。それがルキアのお気に入りの時間だった。 しかし、今日は残念ながらフルーツオーレはお預けとなった。 「――…あ、おかえり」 軽い調子で出迎えられ、ルキアは眉を顰める。微かな酒のにおい。それよりも鼻につくのは香水だ。 「…また勝手に入ったのか」 「勝手に、て。一応鍵もろてるし」 鍵を持つのはその家に足を踏み入れる権利を持った人間だ。以前に一度そう得意げに述べた、ダイニングテーブルに就いているこの男は、またもや自信満々に言う。 以前とは、ルキアが初めて彼と「兄妹」として顔を合わせた日のことである。 中学生を卒業しようかというある日、珍しく母親が食事に誘った。何事かと訝しんでいると、久しく顔を見なかった父親と、これまた見知らぬ男性が座っていた。 人当たりは良いようだがどうも胡散臭い。一体何者だろう。視線で訪ねるも父母は応えてくれず、男性も口にしない。 答えは、食事が終盤に差し掛かり、デザートのアイスクリームを食べている時だった。 淡いピンクのストロベリーアイスクリームをスプーンでつついていると、ひょいと苺が器に乗せられた。顔を上げると男性がにこにこと笑みを浮かべている。 そういえば彼も同じくストロベリーアイスクリームを注文していたのだった。添えられていた苺をくれたということを理解したルキアが礼を述べると、 「可愛い妹に優しくするんはお兄ちゃんとして当然やろ?」 ……その日に知ったことは、男性の名前が市丸ギンであること、父親が関西のとある女性に産ませた男児だということぐらいだ。 それからギンはふらふらと家を訪ねてきた。一応就職しているらしく、家がないという訳ではないのだが何故かルキアの家に来る。おまけにいつの間にか鍵まで持っている。 今まで母子家庭で男の存在が薄かったルキアにとって、それは由々しき問題であり、性格がますますつっけどんどんになる原因でもあった。 ――見るとテーブルの上には中身の入った瓶とグラスがある。 「…何故自分の家で飲まない」 「だって家帰ったって一人やから退屈やもん。ここにはキミがいてるから楽しいし」 楽しい、だと? ルキアは再び眉を顰める。 呑気に酒を煽るこの男はルキアの心をとことん逆撫でし、雨が降り出す前のどんよりとした空の様な気分にさせる。 「私は何もしないぞ」 「うん。傍にいてるだけで十分や」 「傍にもいないぞ。もう寝るから静かにしていてくれ」 「えーっ」 男が素っ頓狂な声を上げる。 「もう寝るん? 早ない?」 「夜の十一時だぞ。普通の人間は寝る時間だ」 お前もとっとと帰れという意味を少しだけ込めてみたが効果は、 「いっぱい寝な背ェ伸びへんからなァ」 ……苛立ちが募った。 ルキアは冷蔵庫に向かい、フルーツオーレを取り出す。 「あれ、寝るんちゃうの」 「…喋ったら喉が渇いた」 私の背が伸びようが縮もうがお前には関係のないことだ! そう怒鳴りたいのをぐっと堪えながら、ルキアは一気にフルーツオーレを飲み干す。 紙パックを洗っていると、背中に視線を感じた。 「……何だ」 「ううん。やっぱり子供やなって思って」 「はあっ!?」 思わず振り向くとギンはテーブルに肘を突いて、 「初めて会うた時は美人さんですごい大人っぽかったのに、こうやって見てたらほんま中学生やなあ」 「…だったら何だ?」 「あ、怒った?」 へらへらと笑うギンの横をルキアはさっさと通り過ぎる。相手にしてはいけない人間だ。そう知っていたのに話をしてしまった自分に腹が立つ。 が、突如パジャマの裾を掴まれて思わず立ち止まる。 一体何だと視線を下すと、グラスを傾けるギンの姿。そして――。 「……っ」 つうと口端から液体が零れる。拭うはずの手はセメントで固定されたかのように動かなくて、ルキアは目が眩む。 刹那口内に熱が奔り、喉に傾れ込む。ギンはにやりと笑う。その顔はひどく狐に似ている。 …思うた通りや。 ぼそりと呟かれた言葉の意味が分からない。一体何を飲まされたのか。それは、今彼が飲んでいる酒だということは分かる。しかし種類までは分からない。 ルキアは軽く頭を振る。妙に体が熱い。視界が揺れて落ち着かない。足元がぐらぐらと不安定だ。 抗議をする前に、また香水の匂いがする。細い指が顎に触れる。 「ずっと思とったんよ。同じ種やのになんでキミはこないきれいなんやろって……好き、や。大好きや…」 頬が焼けるように熱い。それがこの男の呟きのせいではないことはかろうじて分かっていた。けれどその声音は優しくて、落ち着く。 僅かに乱れる呼吸を奪うようにギンはまた唇を重ねる。 手が性急に伸びてきて、ルキアは腰を抱かれる。 がくりと頭が力なく揺れて肩に落た。