ザクロを思わせる紅い瞳はじつと艶やかな毛並みを見詰めていた。 闇に解けこむ、宵闇の色。己とは対照的な色彩。くすりと狐は笑む。 なんだ。猫から不機嫌な声が飛ぶ。 なんにも。狐は軽やかに答える。 じろじろ見るな。僅かに怒気を孕んだ声が更に飛ぶ。 ええやないの別に。また軽やかに答え、そっと手を引き寄せる。 「好きな人を見て何がアカンの?」 素直な気持ちを口にするとぱしっと手が振り払われ、代わりに掌が飛んできた。頬に感じる、柔らかく、甘美な痛み。 それほど痛くはないけれど、叩かれた箇所を押さえてよよよと泣いてみる。 「痛いわ。なんでしばくんよ」 「貴様が気色の悪いことをするからだ。己の言動を考えろ、たわけ」 つんと見下ろすように顔を逸らして猫はまどろむ。くあぁと大きく欠伸をする彼女に狐はまた笑う。 「お嬢ちゃんお眠やな」 「誰がお嬢ちゃんだ。あと人の気持ちを分かっているのなら放っておけ」 「えー、嫌やなぁ。ボク人のことなんか知らんよ。ただボクがおりたいからおるだけやもん」 そっと頬に手を伸ばして、また払われる。 「なんでそない眠たいの?」 「昨晩は集会に出ておったのだ。なかなか論議が纏まらず、疲れた」 「数が多いと大変やなあ。ボクなんか一匹狼やから楽やわ」 狐のくせに狼、とな。ぷっと小さく噴き出したのは言った本人だけだ。猫は鬱陶しそうに舌打ちをした。 「ていうか自分がそんなん出る必要あれへんやろ。なんで出たん」 「…貴様は知らんだろうがな。主な猫又たちが相次いで亡くなって、今や五百年を超えて生きておるのは私ともう僅かしかおらぬのだ」 「たった五百年ぽっちで頭張れるんか」 ぽっち、という言葉に猫の爪が素早く動いた。午後の穏やかな空気を掻き、狐の瞼を割いた。 ぴゅっと鮮血が迸ったがそれもすぐに治まり、癒える。もう傷痕すらもない。狐はそっと爪を取る。 「またそうやってボクのこと傷つけて……そういう趣味やないねんで、ボク」 「知るか」 ふんと鼻であしらい、猫はゆらりと二つの尾を揺らす。 「貴様にはたかが五百年かもしらぬがな、私たちにとっては難しいことなのだ。狡賢い狐は黙っておれ」 「生きるための知恵やんか。狡賢いやなんて心外や」 なあ、それよりも。と狐は猫を抱き寄せる。猫が眉根を寄せるのも知らずに。 「ボクのお嫁さんになってくれへん?人間の女は好きやないねん」 「お断りだ。大体狐と猫では子孫は残せぬぞ」 「子孫なんぞどうでもええ。ボクはキミと一緒におりたい」 「私は御免だ。貴様に付き合っていたら私の生命が尽く」 「せやったらボクも一緒に死ぬ。そんで黄泉でまた一緒になろ」 「死んでまで貴様と一緒だと。ふざけるな」 とんと軽く胸を突かれ、狐はうっと呻く。そんな柔な性質ではあるまい、とさらにもう一発。掌にかすかに感じる鼓動に猫はぴくりと耳を動かす。 「よくもまあ千年も持つものだな」 「でもキミ次第で今すぐにでも止めれるけど?」 「……ふん」 むにっと柔らかな頬が胸に当たる。 「今は止めるなよ」 ああ、うん。狐が頷くと間もなく、穏やかな寝息が聞こえてきた。