九時を回った頃、伝令神機が鳴った。誰だろうと画面を見ると松本乱菊とある。

「はい、朽木です」
『お、出た出た。朽木ぃ、あんた今暇?』

彼の「今暇?」という問いかけは、大抵ろくでもないことの前触れである。つまらない雑用を押し付けられたり、面倒事に巻き込まれる。ルキアは顔が引きつるのを感じた。

「暇というほどではありませんが、大丈夫です」
『あ、ほんとに? じゃあ今から言うお店に来てよ』
「えっ!?」
『ギンが酔って面倒くさいことになって……あ、それ俺の! ていうかもう呑むなー!』

電話口から喧騒が伝わってくる。松本が酔漢相手に手を焼くのは珍しいことだ。酒豪である自分が他人の世話になることが多いからである。まあ幼馴染であるギンと呑むとなると仕方のないことかもしれない。
とりあえず、と松本は店名と場所を言った。まだ寝間着に着替えていなかったルキアはそのまま外に出た。
夜はまだまだ長い。街に近付くにつれて明るく、騒がしい。酒の匂いや食べ物の匂い、そして化粧の匂いもする。
死覇装ではないルキアに女郎達は声をかけない。普段は何かしらちょっかいをかけてくる癖に。
清々しいまでの女郎達を尻目にルキアは言われた店に着く。赤に黒字の暖簾が目印だと言っていた。

「すみません、こちらに十番隊副隊長の松本乱菊殿は…?」
「あ、こちらです。松本様、お連れ様が参りました」

禿頭の店主に案内されたのは一番奥の個室だった。障子が開けっ放しになっており、深くまで入らずとも中の様子が窺えた。
黒い卓を囲む松本とギン。といっても猪口を口に運んでいるのは松本だけだ。ギンは箸でつまみらしき小鉢をぐりぐりとかき回している。
ルキアが到着すると松本が猪口を置いて歩み寄る。

「こんな時間に呼び出して悪いな、朽木」
「いえ、大丈夫です。それより…」

頷いた松本は顎でギンを指し、声を落とす。

「何だか今日は悪酔いしたみたいでさ、悪いけどぐだぐだ煩いからちゃっちゃと引き取ってよ。お金出しとくから」
「分かりました。隊舎でいいですよね」
「ああ。頼む」

話がついた松本はギンに声をかける。

「ギン。朽木に迎えに来てもらったから、早く帰ろ」
「はぁ? 朽木くんがこないな時間に外出するわけあれへんやろ。酔っ払ったんとちがう?」
「それはこっちの台詞だ。ほら!」
「あぁ〜?」

ぐるんと首を回してギンが入口を見る。頬が赤い。彼女は呑んでもあまり顔に出ないはずだ。握り潰されそうな箸を外しにルキアが近付くと、鰹節を出された猫のように満足そうに笑う。

「うわ、ほんまや! 朽木くんや! 何してるん!?」
「こんばんは、市丸隊長。早く帰りましょう」
「なんでここ分かったん!? そんなにうちに会いたかったん!?」
「……さ、立って下さい」

松本が会計をしている間に、ルキアは「愛の力やなぁ」と笑うギンに肩を貸して立たせる。心配そうな女中に頭を下げて三人は店を後にした。
松本はさほど呑んでいないのかあまり酒の匂いはしない。しかしギンはひどく酒臭かった。
ギンも酒には強いはずなのに、何故こうなったのか。ルキアは視線で松本に問うたが彼は答えなかった。飲み比べでもしたのだろうか?
街を出て三人は別れた。ギンは松本にひらひらと楽しそうに手を振った。しかも暫く歩くと鼻歌まで歌い出す。駄目だろうと思いながらルキアは注意してみる。

「一応民家もあるのでお静かに願います」
「え〜?」
「もう十時近くですよ。護廷十三隊の三番隊隊長ともあろう御方がこんな場で恥を晒しては、」
「うふふ〜堅いなぁ、朽木くんわぁ。だぁれも気にせんよぉ〜」

一人上機嫌のギンはルキアの肩から離れ、ぎゅっと手を握った。

「市丸隊長!」
「もぉ〜お仕事ちゃうねんから名前で呼んでくれなあかんよぉ?」

ちっちっと指を翳してギンは怒る。腹が立つような可愛いような……。

「ふーんふふーん」
「(……まあ問題は起こさなさそうだしいいか)」

とにかく無事に隊舎に送り届けられたらいい。ふらふらするギンを引っ張りながらルキアは思った。
……どのくらい経っただろうか。二人はようやく三番隊隊舎に到着した。ほっとルキアの肩の荷が下りる。

「到着しましたよ」
「とぅちゃくぅ? 部屋まで帰るんが遠足やで! 部屋入って草履脱ぐまでが遠足やー!」
「はいはいそうですか」

何がそんなにおかしいのか、けらけらと笑い続けるギンをルキアは引っ張って行く。
廊下には遅番なのか数人がうろうろしている。失礼しますと声をかけて彼女の部屋を問う。
部屋を教えてくれた三番隊隊員の目には憐れみが込められている。本当なら彼らがギンを介抱しなければならないのだが、機嫌を損ねると面倒なので恋人のルキアに押して付けているのだ。
触らぬ神に祟りなし、とも言うし。
しかし口だけでも「私が」と買って出てくれる方が嬉しい。

「…そっくりだな」
「なにがぁ?」
「いえ、何でもありません」
「何やの? 気になるやんかぁ」
「何でもありません! あと、胸を押しつけないでください!」
「朽木くんのむっつりー」
「五月蠅い黙れ!」

思わず怒鳴ったがギンはへらへらとまだご機嫌だ。まあ胸を押し当てるセクハラは今に始まったことではないのであまり気にしない。
どうにか部屋に着くとルキアは長椅子にギンを座らせた。

「今、水を持って参りますから大人しく座っていてください」
「うーん?」

もういいや。意思疎通を諦めたルキアは台所に向かう。冷水を探すために冷蔵庫を開けて……びっくりした。

「市丸隊長! なんで酒しかないんですか!?」
「んー?」

思わず詰め寄るも家主は笑ってばかりだ。そこでふと気付く。酒があるならそれに入れる氷もあるはずだ。
冷凍庫を開けると案の定氷はあった。適当な容器に幾つか氷を持って側に向かう。
ギンはずるずると長椅子に倒れかけている。かろうじて頭を支えるとまた笑う。

「市丸隊長、せめてこれ食べて下さい。しゃきっとしますから」
「えー」
「えー、じゃないです。ほら」

出したばかりでまだ僅かに冷気を漂わせる氷を唇へと持っていく。つんと当たると不愉快そうに眉を顰める。

「嫌や、食べたなぃー」
「我が儘を言わないでください。そのまま寝ると体に悪いですよ」
「えー……」

何回も子供に言い聞かせるように言うとギンはようやく、渋々と氷を口に入れた。

「冷たぃー」
「そりゃ氷ですから。ほら」
「んー」

氷は溶けてゆく。ずっと氷を持っているルキアの指も濡れてびちょびちょだ。気色悪いから早く拭いてしまいたいのだがギンはまだ悠長に氷を食べている。
ごり、ごり、ごり。
無機質な音に混じる嚥下の音。

「これで最後です」
「んー…」

最後の一つはだいぶと小さくなっていた。ようやく全ての氷を食べ終えさせ、ルキアは今度こそほっとする。指先はかじかんで感触がない。どれほど氷を持っていたのだろう。

「市丸隊長。私はこれで失礼しますが、こんなところで寝ていたら風邪を引くので寝床に行って下さいよ」
「いややぁ」
「我が儘言わないで、ほら」

立たせようとルキアが手を取ると逆に引っ張られた。咄嗟に手を突いて衝突を免れる。

「何だいきなり。危ないだろう」
「……いて」
「え?」
「行かんといて」

背中に手が回ってぎゅっと抱き締められる。耳許で囁かれた願いはルキアの理性を揺らす。冷えた指先はギンの熱い指先と絡まって温い。
すりっとギンは頭をルキアの肩に寄せる。

「行かんといて……」
「ですが明日は――」

……火傷、しそうだ。
何故酒を呑むとこんなにも熱くなるのだろう。短い呼吸をしながらルキアは顔を背ける。ギンはちろりと舌で唇を舐める。重ねた味を確かめるように。

「朽木くん」
「っ」
「好きや、好き」

啄むような口付け。情欲を煽る、挑発的な動きに躊躇いがじわじわとなぶり殺される。
こんな時間に、そんな顔で、そんなことを言う。ルキアは己の体が高ぶっていることに気付く。そういうつもりはなかったのに。
空いているもう片方の手で顎を支えて口を開けさせる。そっと舌を差し込むと酒の匂いがする。

「…っん、ん」
「は」
「ギン…っ」
「んー…」

息が続かずに思わず唇を離すとギンがしだれかかってくる。その体は驚くほど軽い。胸はあれだけ大きいのに。
自分も、ギンも痛いほどに胸が高鳴っている。
ぼそぼそとギンが囁く。
朽木くん……連れてって。
彼女をどこに連れて行くのかはすぐに想像がついた。しかし最後の一欠片のような躊躇いが邪魔をする。こんな酒の勢いでするものではないと思う。

「市丸隊長、私は……」
「なんでそない、焦らすん?」
「じっ、焦らしてなんか」
「ひどいわ朽木くん。これ以上、意地悪せんといて? 男娼小屋行きたなるわ」
「なっ…そういうことを軽々しく言うな! たわけ!」
「せやったら、早う…」

きゅっと細い指先が胸を掴む。彼女らしからぬ乙女らしい仕草に僅かな理性が焼き切れる。
ルキアはそっとギンを抱え上げると寝所へと向かう。玄関の鍵は閉めただろうかなどと妙な不安が頭を過る。
抱かれている間、ギンは静かだった。落ちないようにルキアの首に腕を回してしがみついている。その様子がまた可愛らしい。
そういえば寝所に入ったのは久しぶりだ、と思う。恋人とはいえ毎日とりもちのようにべったりではない二人は互いの家にあまり行かない。
久しぶりに立ち入った寝所は意外と綺麗だった。布団の乱れはあるものの、周囲に雑誌や着物は散らばっていない。
……今度遊びに来た時もこう片付いていたら褒めてあげよう。ルキアはさりげなく決心をする。
恋人を上質な絹の布団に下ろしてそのまま覆い被さる。
重ねた唇にまだ熱を感じる。きっとこの熱は今夜一晩、冷めない。
混ざり合った唾液を飲み干してルキアはギンの身体を弄る。
羽織を脱がし、死覇装の襟を開く。少し汗ばんでいるのか、灯りにしっとりと映える。
そっと谷間に唇を寄せる。情事の度に、ルキアは谷間に痕を残すのだ。ギンに大きく襟を開けさせないために。

「…好き、やね。そこ」
「お前が悪いからだ……」

大きく音を立てて吸ってやるとギンは口を手で押さえる。唾液で濡れたそこには赤黒い痕。ふっと笑みが零れる。

「もっと、もっと…」

ギンの要求に応え、ルキアは彼女のあちこちに痕を残した。肩、胸、腹、腕……。
小さな喘ぎにぞくぞくと欲求が高まる。死覇装の上から胸の飾りをそっと撫でると、ギンの身体が震える。既に飾りは固くなっていた。酔うと敏感になると聞いているが…。
今度は直接触れる。吸い付くような柔肌を味わいながら、齧り付く。

「ん、っ」
「…我慢するな。もっと鳴け」
「せ、やかて…っは、ぁん…ッ!」

ギンは身を捩る。脚を閉じさせないように膝を入り込ませる。

「……朽木くん」
「何だ」
「早う、きて」

暗闇の中で妖しい紅玉が光を放つ。ルキアは息を飲んだ。

「慣らした方が良いのでは…?」
「ええから、早う」
「ならば避妊具を、」
「そんなんいらん」

耳を疑う言葉にルキアはびっくりする。避妊具とは望まぬ妊娠を避けるために使うものである。いくら恋人とはいえ使わないのは如何なものだろうか。
ルキアが反対しようとすると、ギンが起き上がって押し倒した。

「生がええの……」
「っ…そんなことを、ギンっ」

抗議するルキアを無視してギンは彼の帯を解く。ずるりと下着の中からルキアのそれを取り出すと口に含む。熱っぽい唇が触れただけで背筋がぞくりとする。
慌ててルキアは頭を押さえるがギンは気にすることなく奉仕を始めた。元よりギンの強請りに立ち上がりかけていた欲望は、彼女の手練手管であっという間にはっきりと形になる。先っぽから先走る汁を舐めて笑う。

「気持ちええ?」
「…ああ。だからもう――ギンっ!」

紅潮した頬に口付け、ギンは己の帯を解く。またルキアは慌てる。本当にこの女の行動パターンは分からない。

「だっ、だから慣らさないと」
「……我慢でけへんの。早う、キミが欲しい」

すとん、と袴と帯が落ちる。留めるものを失った上衣の前が広がる。豊かな胸に比べてきゅっと締まった腰。なだらかな腹を通り過ぎると……。
ギンはルキアに跨る。互いの性器が触れ合って小さく喘ぐ。……慣らさずとも良い。白い太ももの奥は既にぐっしょりと濡れていた。くちゅ、といやらしい音を立てて今にもルキアを飲み込もうとするギン。

「ほら。慣らす必要、あれへん」
「だからと言ってこんな――っあ!」
「ん…っ!」

ギンは腰を下ろした。狭い肉壁に包まれ、ルキアは押し寄せる放出欲に耐える。

「たわけ…っ!」
「朽木くんの、すっごい熱い…動いてええ?」
「――駄目だ」

ルキアは脚でギンを捉え、体を浮かせた。再びルキアが上になる。深く食い込むそれにギンはたまらず喘ぐ。

「ん…ッ!」
「お前が動いたら私は明日仕事に行けなくなるからな…私が動く」
「だってキミが…あぁッ!」

ギンは喜色の滲んだ声で抗議する。ルキアがにやっと笑う。
……スイッチが入った。

「――あかんっそないに一気にした、らぁあっ!」
「早く…私が欲しいのだろう?」
「っそこあかんのっ! そこ嫌っあッ」
「嫌? 悦んでおるように見えるぞ…? ほらっ」
「あかんっそこほんま…っやあぁ!」

一際敏感な肉芽を摘まれてギンは高く声を上げる。びくっと中が痙攣を起こして大粒の涙が頬を伝う。

「……何だ、もう達したのか」
「キミ、が…あないに攻めるからっ――!?」

ルキアは強く腰を打ちつけた。最奥を抉るような突きは達したばかりの体には強すぎる刺激だった。頭が真っ白に塗りつぶされる。

「――…っ!」
「っ、く…!」

溶けた体に熱い液体が注ぎ込まれる。
何度もルキアはギンの中で痙攣した。ここ二週間ほど処理していなかったので、驚くほどの量だった。
短く息を吐きながらルキアを抱擁を求める恋人を抱き締める。
暫く抱き合って唇を啄み合っていた二人だが、ギンが羽織りをぎゅっと掴んだ。

「なんで大きするん…?」
「……私が欲しいのだろう?」

避妊具などいらないと言ったのは誰だ。みなまで言わないが発言の責任は取って欲しい。そして欲を言えば酔漢の相手をした手間賃も欲しい。

「死ぬまでくれてやる」

ルキアはまたギンに覆い被さった。